『Mr.都市伝説 関 暁夫』の芸名で活動している元お笑い芸人の関暁夫さん。
お笑いコンビ・ハローバイバイのメンバーでした。
この記事ではさんの学歴、経歴、生い立ちについて紹介しています。
Contents
関暁夫の学歴
関暁夫の小学校
関暁夫さんの出身小学校は 不明
1975年6月21日、東京都杉並区高円寺生まれ。父親は寿司職人で、杉並区の商店街で寿司屋を経営。
幼少期から住み込みの従業員などに囲まれていたため、物心ついた時から自分が跡を継がなきゃいけない空気があったといいます。
周りは従業員やお客さんなど大人に囲まれて生活していたことから、世の中の話をいろいろ聞いて育ち、もしかしたらそうかも知れないという「可能性がある話」にときめきを感じていたといい、それが都市伝説に目覚めたきっかけでした。
関暁夫の中学校
関暁夫さんの出身中学校は 杉並区立松ノ木中学校
中学時代は不良がヤンキーからチーマーに移り変わる過渡期でだったといい、関さんはヤンキーで、制服はボンタンに短ランの変形学生服を着ていました。
この頃の将来の夢は調理師で、実家の寿司屋を継ぐことを考えていました。
関暁夫の高校
関暁夫さんの出身高校は 大島南高校 (偏差値48)
東京都大島町差木地字下原にある男女共学の都立の海洋高校。設置学科は海洋国際科で、コースは船舶運航系、海洋生物系、海洋産業系、海洋探究系に分かれています。
中学時代はヤンキーで手が付けられないと思われ、東京から離れた伊豆大島の同校に入学することになったといいます。
入学時は、東京中の不良が集まっていましたが、船上ではひとりのミスが事故に繋がることから高校では海の教えを叩き込まれたことと、3年間の寮生活で友情、生徒同士の団結力、人と向きあうことを覚え、歪んでいたものが矯正され 、関さんの人間性は180度変わったそうです。
関暁夫の専門学校
関暁夫さんの出身専門学校は モランボン調理師専門学校 (偏差値-)
東京都新宿区四谷にあった調理師専門学校。
焼肉のたれなどを製造する食品メーカーのモランボン株式会社が経営していましたが、200年3月に閉校になっています。
調理師になり家業の寿司屋を継ぐつもりで調理師専門学校に入りましたが、自身が多汗症だったことから寿司を握るは難しいと思うようになり、寿司職人になることら断念しました。
関暁夫の経歴・ハローバイバイを結成
寿司職人を諦らめた関さんは、モランボン調理師専門学校の同級生で同じく調理師を断念した金成公信さんと意気投合し、お笑いが好きだったとお笑い芸人の道に進むこを決意。
2人で1996年にNSC東京校の2期生として入学。5月に『ハローバイバイ』を結成しました。
芸種はコントで、ルミネtheよしもとやヨシモトファンダンゴTVなどで活躍し、関さんの然な毒舌ボケと、金成さんおのなじみやすいベタなツッコミで知られましたが、方向性の違いから結成13年目の2009年に12月に解散。
解散後、相方の金成さんは2010年にコンビ・『ギンナナ』を結成して活動していましたが、2019年に解散し、2020年には吉本新喜劇デビューしています。
Mr.都市伝説 関 暁夫として活動
ハローバイバイ時代の2004年頃はテレビ番組の出演が少なく、関さんは芸人の廃業も考えていましたが、その前に自分の好きな『都市伝説』を仕事にしようと考え、2005年8月6日に放送された『やりすぎコージー(テレビ東京)』の「芸人都市伝説」のコーナーに出演し、芸人都市伝説キングを獲得。
その知識の豊富さが話題になり、その後、、同番組の「芸人都市伝説」に全て出演。
2006年11月には、著書『ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説 信じるか信じないかはあなた次第』を出版し、80万部を売り上げました。
以降は「都市伝説テラー」としてとしてテレビ番組などの出演が増え、「関暁夫のオカルトトークライブ」というライブも不定期に開催するようになりました。
2009年に『ハローバイバイ』解散後は「ハローバイバイ関暁夫」の芸名で活動し、2011年12月30日から「Mr.都市伝説 関暁夫」に改名して活動。
2013円には自由が丘で、「セキルバーグカフェ」をオープン。
2021年には愛媛県立今治西高等学校伯方分校の魅力向上を目的に作られた「放課後情熱学園」の校長に就任し、2022年には情報経営イノベーション専門職大学客員教授に就任しました。
関暁夫の結婚や妻、子供
関暁夫さんは2010年11月、35歳の時に結婚。
『15年ほど交際を続けていた一般女性と入籍した。』
妻は1歳年下の会社員の女性で、15年という長い交際期間を経て結婚しました。
『嫁は苦楽を共にしてきた強い人。大黒柱として食わせなきゃいけないし、嫁も頑張っているから負けていられないです』
子供は1人いるようですが、性別などは明かされていないようです。
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