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ウド鈴木の学歴・経歴・生い立ち〔大学 高校 中学校 小学校〕

学歴 ウド鈴木

山形県出身でお笑いコンビ・キャイ~ンのボケ担当のウド鈴木さん。
高校は農業高校に通っていました。
この記事ではウド鈴木さんの学歴、経歴、生い立ちについて紹介しています。

 

ウド鈴木の学歴

ウド鈴木の学歴

小学校  藤島小学校
中学校  藤島中学校
高校   庄内農業高校
大学   進学していません

ウド鈴木の小学校時代

ウド鈴木さんの出身小学校は 藤島町立藤島小学校 (現在は鶴岡市立)

1970年1月19日生まれ、山形県東田川郡藤島町(現・鶴岡市)出身。本名は鈴木 任紀(すずき ひでき)。姉2人と弟1人がいる5人きょうだいの長男。
実家は米農家で、父親は絵に描いたような頑固親父だったといいます。
祖母も同居する7人の大家族で、祖母と母親はとても明るい性格でした。
小学校は鶴岡市藤の花2丁目にある藤島小学校を卒業。

『自分のことをわかってほしい、気にしてほしいというのが強かった子どもだったんですよね。それなのに人見知りで、他人に自分をアピールできないんですよ。』

小学生時代の通知表には何度も「消極的で協調性がない」「何を考えているかわからない」と書かれていたといいます。
小学5年生の時の「お楽しみ会」で友達の岡部君が八代亜紀さんの『雨の慕情』をカツラをかぶり、メイクもばっちりで歌い、「雨々ふれふれ もっとふれ」と熱唱しなしながらカゴから飴をまいて歩き会場は大爆笑。
ウドさんはそれを見て「自分も人前に出るようにならなくちゃ」と思い、それが芸人を目指す1つのきっかけにもなったといいます。

ウド鈴木の中学校時代

ウド鈴木さんの出身中学校は 藤島町立藤島中学校(現在は鶴岡市立)

山形県鶴岡市藤島笹花にある市立中学校。
中学時代は野球部に所属していました。
中学に入ったら変わろうと、入学式の日に頭に剃り込みをいれて参加。家族や友達はビックリしていましたが、本人は意気揚々としてたそうです。
しかし、怖いで先輩に呼び出され、ウドさんがツッパリではないとわかると無事帰されましたが怖くて緊張から、気をつけの姿勢のまま手だけ外に反り返っていたので「お前はペンギンか!」と言われ、それから学校で会うたびに「おい、ペンギン!」と声をかけられるようにになったといいます。

ウド鈴木の高校時代 お笑い芸人になりたくて上京

ウド鈴木さんの出身高校は 庄内農業高校 (偏差値39)

山形県鶴岡市藤島字古楯跡にある男女共学の山形県立高校。
高校では柔道部に所属し、初段を所持しています。
本当はブラバンド部に入りたいと思っていましたが、先輩の脅されれしかなく柔道部に入ったといいます。
高校時代は女の子にモテたくて「半ヤンキー」だったといい、当時出版されていたヤンキー向けの雑誌「ヤングオート」を愛読。クラスで回し読みをしていたそうです。

高校は家業の米農家を継ぐのが長男の務めだと思い、農業高校に進学しましたが、芸人になる夢を諦めきれず、とりあえず上京しようと思い進路相談の時、父親と担任の前で「東京で就職します」と宣言。
父親は激怒しましたが、高校卒業後は山形県酒田市に本社がある食肉加工販売、外食事業を行う「平田牧場」に就職。東京の芝浦営業所を希望し、配属され上京しました。
寮に入って生活し、主に配送を担当。山形県出身の先輩も多かったことから方言も気にする必要もなく楽しく会社員生活を送っていたといいます。

ウド鈴木の経歴

ウド鈴木のプロフィール

名前   ウド鈴木
生年月日 1970年1月19日
出身   山形県鶴岡市
身長   178cm
血液型  AB型
所属   浅井企画

仕事の配送先だった浅草で、小学校時代に八代亜紀のものまねをしていた岡部君に偶然再会。
岡部君は芸人を目指し頑張っていたといい、ウドさんは「芸人になりたい」との思いはあるのに行動をしてない自分に落ち込みましたが、寮長に思いを打ち明けると「だめなら山形に帰ればいいじゃないか」と背中を押され、会社を退職し本格的に芸人を目指すことを決意。

19歳の時に当時住んでいたアパートの近くにあった「浅井企画」アポなしで訪ね、門前払いされましたが、その後、電話して「預かり」という形で所属。
その後、芸人を目指していた岡部君とコンビを組みましたが1年で解散。

ライブでウケていた天野ひろゆきさんが、コンビを解散したことをきっかけに先輩の助言で、1991年にコンビを結成。
ウド鈴木の芸名は面倒をみてくれていた先輩芸人の夢麻呂さん(現在は俳優、脚本家、演出家)が「体だけ大きくて何も役に立たないウドの大木だな」といったことから命名。
「キャイ~ン」は漫画『マカロニほうれん荘』に登場するキャラクターのセリフからとって天野さんが命名しました。
捉えどころの無いウドさんのボケとそれを転がす天野さんのコンビネーションで、独自の笑いのスタイルを作り上げ、『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(日本テレビ)の若手新人芸人ネタを披露する大喜利コーナーに出演したことがきっかけで知名度が上昇。
1996年10月からは『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』(日本テレビ)にレギュラー出演し、番組内で結成された内村光良さんと千秋さんとの音楽ユニット「ポケットビスケッツ」としても活躍しました。
2007年2月には山形の観光大使にあたる『おいしい山形大使』に任命されました。

結婚や妻、子供

ウド鈴木さんは2006年4月に36歳の時に結婚。

妻は2歳年下のソムリエだった女性。

馴れ初めは友人の紹介で、ウドさんは妻に出会う前までは好みの女性と会うとテンションが上がってしまい、はしゃぎ過ぎて嫌われるパターンが多かったそうですが、妻と会った時には落ち着いて話ができたそうです。

『ふざける気が、全くおきなかった。なのに、もの凄く気になる人だった。』

出会ってから4ヶ月で結婚しました。
ウドさんに子供はいないようです。

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