劇作家の寺山修司さんの秘蔵っ子といわれ、ドラマ『ふぞろいの林檎たち』で人気となった女優の高橋ひとみさん。
52歳の時に結婚しました。
この記事では高橋ひとみさんの学歴、経歴、生い立ちについて紹介します。
高橋ひとみの学歴
高橋ひとみの小学校
高橋ひとみさんの出身小学校は 大田区立赤松小学校
東京都品川区生まれ。父親は大工の棟梁、姉がいる2人姉妹。
実家には若い職人が住み込みで働き、朝6時に家を出るため、母親は朝食の他にみんなに持たせる弁当も作っていました。
小学校は品川区立延山小学校に入学、2年生の時に大田区に家を建てために引っ越し、大田区立立赤松小学校に転校しています。
生まれ育った品川区は下町情緒溢れるところで、近所の人はみんな顔見知りで、夏にはお祭りがあったり、子供たちみんなで肝試しをしたりと交流がありましたが、2駅だけの移動なのに引っ越し先は地域のイベントや交流などもほとんどなく、子供ながらに衝撃的だったといいます。
小学生の時には姉と共にピアノを習い母親は厳しく、姉は優秀でしたが、高橋ひとみさんはなかなか上手くならず、指を間違えると竹のものさしで叩かれたそうです。
大工の父親には怒られたことはなく、祖父も大工で殴られながら仕事をことから、父親は子供に絶対に手を出さないと決めていたといいます。
高橋ひとみの中学校・高校
高橋ひとみさんの出身中学校・高校は 頌栄女子学院中学校・頌栄女子学院高校
東京都港区白金台あるキリスト教系の私立女子校で、完全中高一貫制。
中学校の偏差値は66、中高一貫制のため高校の生徒募集はなく偏差値はありませんが、毎年のように東京大学合格者を出すレベルの高校です。
出身者には女優の菅井きんさん、音無美紀子さん、シンガーソングライターのFayrayさんなどがいます。
中学、高校時代はバレーボール部に所属。
高校3年生の時に中高も一緒で幼なじみの友達が、『オーディションを受ける』と言ったので、一緒についていったのが寺山修司さん演出の舞台公演『バルトークの青ひげ公の城』のオーディションでした。
演劇は未経験でしたが結果は合格で、1979年、高校在学中に女優デビュー。
公演が終了した後は、寺山さんの手伝いをするようになり、放課後に寺山さんの事務所に行き、当時はFAXもない時代だったため、寺山さんの描いたコラムを新聞社に電話で伝えるなどの仕事をしていました。
高橋ひとみの経歴
高校卒業後は大学には進学せず女優の道に進み、1980年公開の寺山修司監督・脚本の映画『上海異人娼館 チャイナ・ドール』で映画デビュー。
1983年5月に『ふぞろいの林檎たち』(TBS)に伊吹夏恵 役で出演、1997年のパートIVまで全作に出演しました。
高橋ひとみさんは当初は『ふぞろいの林檎たち』の出演予定はなく、出演できたのは寺山さんの売り込みのおかげでした。
寺山さんが大学時代の親友だった脚本家の山田太一さんが、同ドラマの脚本を書いていることをひと人づてに知り、久しぶりに再会して、
『脇役でもどんな役でもいいから、ひとみを是非このドラマへ出してほしい!』
と頼んだといいます。
これがきっかけで、山田太一さんはは急遽脚本を書き直し、それまでなかった「伊吹夏恵」役を作り、高橋さんが出演することになりました。 出演が決まると寺山さんからは
『素晴らしい役だから、これでテレビの仕事が続かなければ、もう辞めなさい』
と発破をかけられ、一生懸命稽古にも付き合ってくれましたが、第1話のオンエア前の1983年5月4日に寺山さんは敗血症のため47歳の若さで死去しています。
1987年には映画『私をスキーに連れてって』に羽田ヒロコ 役で出演。
バラエティでも活躍し、1990年4月から1996年9月までフジテレビ系のバラエティ番組『週刊スタミナ天国』にレギュラー出演。
2013年4月からトークバラエティ番組『アウト×デラックス』にアウト軍団として出演していました。
高橋ひとみの結婚と夫
高橋ひとみさんが結婚したのは2013年は11月、52歳の時。
夫は外資系航空会社に勤務する2歳年下の男性で、お互いに初婚でした。
馴れ初めは共通の知り合いがセッティングしてくれた食事会で、参加者は全員同世代以上だったといいます。
その後も何度かみんなで食事をして、ある時、高橋さんが仕事でイタリアに行くとことになりそのことを話すと、『一緒について行っていいかな?』と言われたといい、最初は怖かったものの、夫は航空会社勤務で海外になれていて、イタリアでは高橋さんやスタッフの面倒をよく見てくれて、仕事以外の時間も楽しく過ごせたそうです。
その後は2人で食事に行くようになり交際がスタート。
出会って2ヶ月、交際から2週間でプロポーズされ結婚しました。
人生は初めてのちゃんとしたプロポーズだったといいます。
子供はいません。