「無言坂」などのヒット曲を持つことで知られる演歌歌手の香西かおりさん。
この記事では香西かおりさんの学歴、経歴、生い立ちや、歌手になったきっかけ、結婚などについて紹介しています。
香西かおりの経歴・プロフィール
香西かおりの小学校・中学校
香西かおりさんの出身小学校・中学校は 不明
大阪府大阪市港区出身。出生名は香西 香(こうざい かおり)。7歳年上の兄がいる2人兄弟。
父親はテレビ局に美術の仕事をしていたようです。
小学校、中学校は大阪市の公立のようですが学校名は不明。
子供の頃は日本舞踊と民謡を習っていました。
民謡に出会ったのは11歳の時で、近所のおばああちゃんが民謡教室に行くのに付き添いで偶然に一緒にいったことがきっかけで、香西さんも習い事の感覚で民謡教室に通うようになったといいます。
特に民謡に興味を抱いたわけではありませんしたが、「上手く歌えないことが悔しい」と負けず嫌いの性格から練習を続け歌唱力が開花。
数々の民謡大会に出場し、1975年、12歳の時には産経新聞社主宰の「産経民謡大賞」の少年少女の部で入賞し、翌年の1976年には準優勝。
中学時代も民謡を続けました。
香西かおりの高校 歌手デビュー後、銀行に就職
香西かおりさんの出身高校は 東商業高校 (偏差値50)
大阪府大阪市中央区久太郎町1丁目にあった大阪市立高校。
1920年に創立した商業高校で、天王寺商業高校、市岡商業高校と統合され、大阪ビジネスフロンティア高校が開校し、2014年に閉校になっています。
高校時代は部活には入らず民謡を続け、菓子店でアルバイトをしていました。
民謡の全国大会で最優秀賞を受賞したことをきっかに、1981年、17歳の時に民謡歌手としてレコードデビュー。
『本当は銀行員になってお嫁さんになるのが夢だった』
しかし、高校卒業後の1982年には太陽神戸銀行(現・三井住友銀行)に就職し、堺支店に勤務していました。
香西かおりの学歴
演歌歌手デビュー
銀行員時代も民謡歌手として活動。
この頃にNHKの『民謡をあなたに』がきっかけで民謡ブームが起こり、民謡歌手としてテレビ出演も増加。
民謡関係者を介して「東京で若手の演歌歌手を育てたい」との話しがあったことをきっかけに銀行を退職。上京し演歌歌手を目指しました。
アルバイトをしなががらレッスンに通い、1988年5月25日、24歳の時に『雨酒場』で演歌歌手デビュー。
同曲はオリコン16位に入るヒットとなり、同年末の第30回日本レコード大賞など各新人賞を獲得。
ロングヒットし1989年度のオリコン年間順位は47位、1990年度も79位にランクインしました。
1991年3月25日発売の3枚目のシングル『流恋草』のヒットで第42回NHK紅白歌合戦に初出場。
紅白歌合戦には2016年までで19回出場しています。
1993年3月17日発売の6枚目のシングル『無言坂』が初めてオリコンチャートで10位にランクイン。
同年末には第35回日本レコード大賞を受賞しました。
結婚や夫、子供
2000年4月、38歳の時にラテン・パーカッション奏者の斉藤 恵(さいとう めぐむ)さんと結婚。
しかし、生活スタイルや価値観の違いから結婚2年目の2002年に離婚しています。
子供はいませんでした。
離婚後、再婚はしていません。