「TM NETWORK」のリーダーで音楽プロデューサーの小室哲哉さん。
中学時代にシンセサイザーに出会い、作曲活動を始めました。
この記事では小室哲哉さんの学歴、経歴、生い立ちについて紹介しています。
Contents
小室哲哉の経歴・プロフィール
小室哲哉の小学校
小室哲哉さんの出身小学校は 府中市立第五小学校
東京都府中市出身。兄弟はなく一人っ子。父親は大手製紙会社に勤務する会社員、母親は茶道の先生でした。
小学校は東京都府中市西府町1丁目に府中第五小学校に入学。
幼稚園のからバイオリンを習い小学6年生まで続け、エレクトーンを習っていました。
1970年、小学6年生の時に行った大阪万博で富田勲さんのシンセサイザー音楽を聴いて「宇宙が見えた」といい衝撃を受けたといいます。
大阪万博にはどうしても行きたくて、ずっと親のお願いし土日は混むので平日にしてもらいたとも頼み、先生ににもお願いして学校を休んで父親と祖母に連れて行ってもらったそうです。
小室哲哉の中学校 大阪万博でシンセサイザーに出会う
小室哲哉さんの出身中学校は 府中市立府中第四中学校
東京都府中市美好町2丁目にある公立中学校。
出身者には漫画家の浦沢直樹さん、タレントの安めぐみさんなどがいます。
浦沢さんは1学年後輩で、同時期に同じ中学に通っていました。
浦沢さんは覚えていましたが、小室さんは気がついてなく、後に浦沢さんからの手紙で思い出し交流を持っています。
中学時代は放送部に所属していました。
中学生の時にシンセサイザーがどうしても欲しくなり、自宅にあったバイオリン、ギター、エレクトーンを両親に無断で売却し、当時で16万円以上したローランドSH1000」を購入。
家族には叱られましたが、オリジナル楽曲の作曲を本格的に始め、TM NETWORKの『Here, There & Everywhere (冬の神話)』、渡辺美里さんの『BELIEVE』、『I wish』などの20曲はこの頃に作曲したものだといいます。
小室哲哉の高校
小室哲哉さんの出身高校は 早稲田実業高校 商業科 (偏差値60)
東京都国分寺市本町1丁目にある男共学の私立高校。
商業科は2002年に募集停止され、現在の設置学科は普通科のみで、普通科の偏差値は72。
出身者にはタレントのテリー伊藤さん、元フジテレビアナウンサーの野島卓さんなどがいます。
父親が早稲田大学出身だったことから、同高校に進学。
高校時代にはバンド活動を始め、2つのバンドを掛け持ち。
音楽室にこもって練習し、コンサート会場の警備や結婚式のオルガン演奏のアルバイトもしていました。
小室哲哉の大学
小室哲哉さんの出身大学は 早稲田大学 社会科学部 (偏差値68)
東京都新宿区西早稲田1丁目に本部がある私立大学。
大学には内部進学で入学していましたが、当時の早稲田実業の内部進学率は現在よりも厳しく、大学に進学できなければ音楽をやめるように父親からは言われていたといいます。
大学時代には新たなバンドを結成し、音楽活動に没頭。
渡され授業料をシンセサイザーを買うお金に使ったため大学は、授業料未納で除籍になっています。
小室哲哉の学歴
TM NETWORKを結成
大学中退後は、音楽雑誌の編集長の紹介でいくつかのレコード会社とつながりを持ち、数多くのバックバンド・スタジオミュージシャンを務め、コンテストに出場し腕を慣らしていました。
1983年バンド活動で出会った木根尚登さんとバンドではなくユニットという形で音楽活動を開始。
その後、別バンドで活動していた宇都宮隆を引き抜く形で3人体制となり、1983年5月に ユニット名を「TM NETWORK」と命名。
「TM NETWORK」のユニット名は小室さんが府中市、木根さんと宇都宮さんが立川市出身で全員が「多摩地区」出身だったことが由来で、「TM」は「多摩」から取っています。
1984年4月21日に『金曜日のライオン (Take it to the lucky)』でデビュー。
1987年4月8日に発売した10枚目の『Get Wild』がオリコンチャート9位にとなり初のトップ10入りを果たすと、1990年7月7日発売の『THE POINT OF LOVERS’ NIGHT』が初の1位を獲得。
1994年に活動終了を発表しましたが、1997年に再結成。
2008年には小室さんが詐欺容疑で逮捕されたことでアルバムの発売が一時中止され、翌年に発売。
2012年に4年ぶりに活動を再開しました。
小室ブーム
1993年に音楽プロデューサー業を本格的に始め、1994年のTMN終了前後から、観月ありささん、篠原涼子さん、trf、hitomi、内田有紀さん、H Jungle with t、globe、華原朋美さん、、安室奈美恵さんなど、多数の作詞、作曲、編曲と音楽プロデュースを兼任。
1994年から1999年の間に数多くのミリオンセラーを記録。その音楽は「小室系」、プロデュースされたメンバーは「小室ファミリー」とメディアに呼ばれ、「小室ブーム」という社会現象を起こしました。
1985年~2004年までの20年間に公表された長者番付で計算すると、生涯年収は約97億円。
しかし、1997年以降は徐々に失速。
2004年8月頃には資金繰りは悪化し、別荘、株券、高級車、クルーザーなどの資産を売却しています。
5億円詐欺事件
借金に苦しんでいた小室さんは、自身の作った曲の「著作権売却」をを思いつき、関西在住の個人投資家の男性に「全著作権を10億円で買わないか」と持ちかけ交渉は成立。
手付け金とし小室さんは5億円を受け取りました。
しかし、一部の著作権はレコード会社などにあり、全てを小室さんが持っていたわけではなかったことから投資家の男性と揉めましたが、2008年7月に小室さんが慰謝料を含む解決金6億円を支払うことなどを条件に一旦和解。
その後、小室さんが期限までに支払わなかったため、投資家の男性が刑事告訴。
小室さんは2008年11月4日に詐欺容疑で逮捕されました。
2009年5月11日、大阪地方裁判所に懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が言い渡され、弁護側・検察側共に控訴しなかったことで刑が確定しました。
結婚歴や妻、子供
小室哲哉さんの結婚歴は3度。
最初の結婚は1988年、29歳の時にで、結婚相手は8歳年下の元女性アイドルユニット「キララとウララ」の大谷香奈子さん。
結婚後、香奈子さんはラジオパーソナリティやレポーターとして小室香奈子名義で活躍していましたが、結婚4年目の1992年に協議離婚。
2度目の結婚は2001年5月、42歳の時。
交際中だった音楽ユニット「dos」のASAMIこと17歳年下の吉田麻美さんに子供ができたことを機に結婚しました。
しかし、10ヶ月スピード離婚。子供はの親権は麻美さんが持ちましたが、2005年には養育費の未払いがあることが報じられました。
3度目の結婚は離婚から7ヶ月後の2002年11月。14歳年下で「globe」のボーカル・KEIKOと再々婚。
2011年にはKEIKOさんが膜下出血で倒れ、globeは活動休止。
長年、療養生活を送っていましたが、2018年に小室さんと看護師の不倫疑惑が報じられ、小室さんは会見を行い、芸能活動引退を表明し、看護師とは男女関係がないことを明言。
その後、結婚19年目の2021年2月に離婚しました。
子供は麻美さんとの娘が1人で、2001年9月に誕生しています。