ドラマ、映画、舞台と幅広く出演し、バラエティ番組でも活躍する俳優の雛形あきこさん。
この記事では雛形あきこさんの学歴、経歴、生い立ちや、デビューのきっかけ、結婚歴などについて紹介しています。
雛形あきこの経歴・プロフィール
雛形あきこの小学校
雛形あきこさんの出身小学校は 足立区立興本小学校
東京都江戸川区生まれ。父親、母親、弟の4人家族。
父親は印刷会社を経営していました。
幼少期は男の子とと遊ぶのが大好きなおてんばで、いつも生傷が絶えなかったといいます。
ピアノ、絵画、水泳、日本舞踊、公文式など多くの習い事もしていました。
小学4年生の時に父親の経営していた印刷会社が倒産。
父親は失踪してしまったために足立区西新井へ転し、小学校は足立区立興本小学校を卒業しました。
雛形あきこの中学校|デビューのきっかけ
雛形あきこさんの出身中学校は 足立区立扇中学校
東京都足立区扇3丁目にある公立中学校。
中学時代は演劇部に所属。当時の同中学校は部活に入るのは強制だったために、活動が週に1回という理由で演劇部を選んだといいます。
幼少期は明るい性格でしたが、家庭の事情で引っ越し、転校先の学校に馴染めなかったことから引っ込み思案になったそうです。
そんな中で唯一の救いだった同じマンション住む女の子が「東俳」に所属していたことから、特定の芸能人や芸能界にも興味はありませんでしたが、「この子とできるだけ一緒にいたい」との思いから雛形さんも東俳に所属。
東俳に所属後、すぐにドラマ出演が決まり。1992年、中学2年生の時に『おべんきょう』(TBS)で女優デビューしました。
制服姿がアイドル雑誌「Momoco」に掲載され、それを見た野田義治社長の目に留まりにスカウト。
野田さんは「雛形」という珍しい名字を手がかりに電話帳で調べ自宅を訪れたといい、雛形さんは「人さらいが来た」と思ったそうです。
雛形あきこの高校
雛形あきこさんの出身高校は 江北高校 定時制課程(偏差値-)
東京都足立区西綾瀬4丁目にある男女共学の東京都立高校。
1938年(昭和13年)に開校した東京府立第十一中学校が前身の学校で、1950年に男女共学になりました。
全日制の偏差値は55。定時制課程は2022年になくなっています。
出身者には俳優の北村和夫さん、アナウンサーの原元美紀さんなどがいます。
15歳の時にグラビア活動を始め、前かがみになって胸を寄せて胸をアピールした「雛ポーズ」で一世を風靡。
雛形さん自身は「雛ポーズ」をやってる意識はなく、カメラマンから「雛ポーズお願いします」と要求されたこともなく、グラビアを始めて1年ほど経った頃にグラビアの後輩から「雛ポーズのリクエストがすごいんです!」と言われ知ったといいます。
「雛ポーズ」は新人時代にポーズを取れず、カメラ万マンに「じゃあ、カメラを見ながら、立ったり座ったりを繰り返して」と言われ、座っているところから立ち上がろうとして、ひざに手をついている姿勢が「雛ポーズ」なったそうです。
仕事が多忙になり高校は1年生の時に中退しています
雛形あきこの学歴
デビュー後
グラビアで人気を獲得し、1995年10月、17歳の時に『めちゃ2モテたいッ!』(フジテレビ)にレギュラー出演。
後継番組の『めちゃ2イケてるッ!』にも続けて22年間レギュラー出演しました。
1996年7月からは『闇のパープル・アイ』(テレビ朝日)でテレビドラマ初主演。
1997年1月からは『ストーカー・誘う女』(TBS)で狂気じみたストーカー行為を繰り返すOL・上原ミチルを演じ、第12回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 助演女優賞を受賞しました。
2024年1月15日には所属していた「サンズエンタテインメント」からの独立を発表しました。
結婚歴や夫、古子供
雛形さんはの結婚歴は2度。
1998年5月、20歳の時に11歳年上でCMディレクターの山本一磨さんと結婚。
交際5ヶ月でのスピード婚で、2000年5月には娘が誕生しましたが、結婚5年目の2002年11月に「考え方の違い」を理由に離婚しました。
再婚したのは2013年3月、35歳の時。
夫は1歳年下で俳優の天野浩成さんで、2005年に放送されたドラマ『愛のうた!』(TBS)で高校時代の同級生役で共演したことが馴れ初めでした。
ドラマ撮影中に何度もランチして雛形さんは天野さんの印象は「変わっている人」だったといいます。
その後、優しい人との変わっているけどすごく優しい人だなと思うようになり、2008年に交際に発展。
約5年の交際期間を経て結婚しました。