短大在学中に女優デビューし、辻仁成さんと渡辺兼さんとの離婚歴がある女優の南果歩さん。
ブルーリボン賞の受賞歴もあります。
この記事では南果歩さんの学歴、経歴、生い立ちを紹介します。
南果歩の学歴
南果歩の小学校
南果歩さんの出身小学校は 尼崎市立立花南小学校
兵庫県尼崎市出身。5人姉妹の末っ子で、姉は11歳、8歳、6歳。2歳年上。
父親は建設会社を経営していましたが、小学2年生の時に倒産し人手に渡り、大きな家から家族で風呂なしの文化住宅に引越しました。
一気に貧しくなりましたが、子供だったので辛さは感じず、銭湯に行くのも楽しかったといいます。
その後、母親は祖父の援助で喫茶店を開店、その店を皮切りにいろんな飲食店を始め収入が増え、文化住宅から小さな一軒家、ほどほど大きい一軒家、さらに大きい家とどんどん家が大きくなったそうです。
姉が4人もいたので大人びていて、映画といえば姉に連れられていった洋画で、小学生の時に好きな女優はオードリー・ヘプバーンやカトリーヌ・ドヌーヴで、学校の友達をとは話しが合わなかったといいます。
南果歩の中学校
南果歩さんの出身中学校は 尼崎市立南武庫之荘中学校
中学時代には、軟式テニス部に入りましたが、貧血で練習中に倒れることがあり、3ヶ月で退部しています。
南果歩の高校
南果歩さんの出身高校は 尼崎高校(偏差値53)
兵庫県尼崎市上ノ島町にある男女共学の尼崎市立高校。
高校時代はバトントワリング部に所属、キャプテンも務めました。
卒業生には元プロ野球選手の池山隆寛さんなどがいます。
池山隆寛さんは高校に2年後輩で、チアガールとして県大会の試合を応援していました。
高校2年生の時には学校の男子が「南を見守る会」を発足、ある日、紙を渡されそこには会長、副会長、事務長、書記などの名前が書いてあったといいいます。
他にも後輩によるファンクラブもあったそうです。
南果歩の大学
南果歩さんの出身大学は 朋桐学園大学短期大学部演劇科(偏差値42)
東京都調布市若葉町にある私立大学で、2004年に桐朋学園芸術短期大学に改称になっています。
高校時代にバトントワリング部で、踊って自己表現をしていましたが、踊るだけでは何かが足りないと感じ、
『もっと言葉を発したい。言葉を使って表現したい』
と俳優を志し、演技科に入学しました。
大学時代は姉と風呂なし6畳一間の部屋で生活し、エレベーターガールのアルバイトをそしていました。
1984年、短大在学中に映画『伽耶子のために』のヒロイン役オーディションを受け、2200人の中から合格し、主演で映画デビューしました。
南果歩の経歴
短大卒業後1985年にはTBSの昼ドラ『五度半さん』のヒロイン役でドラマデビューしました。
1989年には映画『夢見通りの人々』『せんせい』『螢』『226』で、
第32回ブルーリボン賞・助演女優賞
第2回日刊スポーツ映画大賞・助演女優賞
を受賞しました。
2016年には乳がんステージ1が発覚し、術と再発防止のための抗がん剤・放射線治療を受け、寛解環しました。
南果歩の結婚歴
南果歩さんは1995年にミュージシャンで作家の 辻仁成さんと結婚。
南さん辻さんの小説『クラウディ』に惚れ込み、映画化したいと1992年に人を介してコンタクトを取ったことで出会い、1994年には辻さんのロンドンのレコーディングに南さんが同行したことが報道。
報道を受け南さんは記者会見を開き、
『今はその意思はありませんが、プロポーズは私からします』
と交際を宣言。交際期間2年半を経て、南さんもプロポーズで結婚しました。
1995年に息子の息吹(いぶき)さんが誕生しています。
結婚8年の2003年3月に離婚。
離婚の理由については、
『大事な接点がずれてしまったことが、大きな理由のひとつ』
とコメント、離婚時、息子は4歳で親権は南さんが持ちました。
離婚から2年9ヶ月後の2005年12月に渡辺兼さんと再婚。
渡辺さんも離婚歴があり、お互いに再婚でした。
2003年のドラマ『異端の夏』で共演して出会い、結婚。
『2人が離婚へと向かった理由は、渡辺の浮気だ』
結婚13年目の2018年の5月に離婚。
離婚の原因は渡辺さんの女性問題と報じられています。
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